農林水産省では、養殖業の成長産業化のため、
令和2年7月に「養殖業成長産業化総合戦略」を策定しました。
その中の「魚病対策の迅速化への取組」の中で、「オンライン診療を可能とする
仕組みにより、養殖魚の迅速な診療体制の確保に取り組む」とありました。
それを踏まえ、2021年3月に迅速かつ適正な遠隔診療の積極的な活用を促す
「魚病の予防及びまん延防止における遠隔診療の積極的な活用について」(局長通知)
と「魚病対策の的確な実施に向けた取組等について」(局長通知)を発出しました。
その中には、「初診から遠隔診療が可能」であることの明示がされております。
以下に、農林水産省の資料をまとめました。
農林水産省 第6回魚病対策促進協議会(令和3年3月22日開催)
現在までの水産分野における診療体制
現在、養殖業者の多くは、都道府県の水産試験場等にいる魚類防疫員に、
疾病予防の指導や、水産用医薬品のうちワクチン及び抗菌剤の購入に必要となる
使用指導書の交付を依頼しています。
一方で、適用外使用による治療が必要になった場合は、
別途、獣医師に診療を依頼する必要があります。
魚類防疫員の役割
・疾病の発生予防についての指導を養殖業者に行う。
・ワクチン及び抗菌剤の使用指導書の交付を養殖業者に行う。
※関係法規
・持続的養殖生産確保法(平成11年法律第51号)
・水産用ワクチンの取扱いについて
(12水推第533号平成12年4月19日付け畜産局長・水産庁長官通知)
・水産用医薬品の使用に関する記録及び水産用抗菌剤の取扱いについて
(28消安第5781号平成29年4月3日付け消費・安全局長通知)
獣医師の役割
・疾病の発生予防について指導を養殖業者に行う。
・水産用抗菌剤の使用指導書交付を養殖業者に行う。
・水産用医薬品の適用外使用を行う。
※関係法規
・獣医師法(昭和24年法律第186号)
・獣医師法の一部を改正する法律及び獣医療法の運用について
(平成4年9月1日付け4畜A第2259号畜産局長通知)
・医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律
(昭和35年法律第145号)
・要指示医薬品の投与及び処方に当たっての注意事項について
(平成19年12月19日付け19消安10237号消費・安全局畜水産安全管理課長通知)
魚病対策の迅速化について
・農林水産省は、魚病対策促進協議会での議論を踏まえ、魚病対策の迅速化のため、
ワクチン接種、衛生管理、低密度飼育等の複数の措置を組み合わせた予防対策を
推進する方向。
・獣医師リストの都道府県への共有、魚類防疫員、獣医師間での情報共有体制の
整備を推進し、更なる迅速化のため、遠隔診療の積極的活用を促進。
・魚病に詳しい獣医師を拡充するとともに、養殖業者のニーズに応じて水産用医薬品
の使用基準の見直しを実施。
遠隔診療の積極的な活用について
・魚病対策の更なる迅速化を図るためには、水産分野における遠隔診療の取扱いを
明確化し、その積極的な活用を促す必要。
・検討会・協議会でのこれまでの議論により、遠隔診療の実施に当たっての留意事項
について整理がなされた。
・これらを踏まえ、迅速かつ適正な遠隔診療の積極的な活用を促す
「魚病の予防及びまん延防止における遠隔診療の積極的な活用について」(局長通知)
を発出する。
局長通知の概略
1.目的
魚病対策の迅速化や養殖業の成長産業化に資するため、情報通信技術を活用した
遠隔診療などの魚病対策を促進
2.対象
魚類防疫員、魚類防疫協力員、獣医師その他水産動物の医療を提供する者
3.内容
• 現在でも遠隔診療が実施可能な魚類防疫員、魚類防疫協力員、獣医師等について、
初診から遠隔診療が可能であることを明示の上、遠隔診療の積極的な活用を促す
• オンラインによる予防指導など、魚病対策全般における情報通信技術の活用を推奨
• 過剰投与防止等の観点から、関係者間で、使用、処方、使用指導した医薬品の
情報等必要な情報を共有
魚病対策の迅速化に向けた取組等について
協議会でのこれまでの議論により、魚類防疫員、獣医師等の間での情報共有体制、
日常的に相談できる「かかりつけ獣医師」体制、魚病に詳しい獣医師の拡充等に
ついて整理された。これを踏まえ、「魚病対策の的確な実施に向けた取組等について」(局長通知)を発出する。
局長通知の概略
1.目的
養殖業の成長産業化のため、情報共有体制の構築等により、迅速かつ的確な魚病対策
を実施
2.内容
(1)情報共有体制の構築
・養殖業者、魚類防疫員、魚類防疫協力員、獣医師等の関係者間における
情報共有のための体制(情報共有体制)の構築を促進
・過剰投薬防止等の観点から、獣医師が交付した「出荷制限期間指示書」の写しを
都道府県に共有
(2)かかりつけ獣医師体制の整備
・養殖業者が日常的に相談できるよう、「かかりつけ獣医師」を設定し、
連絡先を入手するよう周知
(3)関係者のスキルアップ等
・魚類防疫員、魚類防疫協力員、獣医師等の関係者の研修会への参画を促し、
関係者をスキルアップ
・魚類防疫員及び魚類防疫協力員の適切な人数確保、配置等の推進
まとめと所感
ヒトの医療では、2018年に厚生労働省によって
「オンライン診療の適切な実施に関する指針」が策定されました。
これによって、臨床の現場でのオンライン診療の活用の基準が明確になりました。
その後、新型コロナウイルスの感染拡大によって、
2020年4月10日に「新型コロナウイルス感染症の拡大に際しての電話や情報通信機器
を用いた診療等の時限的・特例的な取扱いについて」を発出しました。
これによって、時限的に初診でのオンライン診療が解禁されております。
ヒトから遅れて数年、今回は養殖魚ではありますが、獣医療に関連する分野での
オンライン診療に対する国の見解が発出されたことになります。
もともと農林水産省は、水産分野と畜産分野では別で遠隔医療についての検討を
行っておりましたが、まずは水産分野から整理された形です。
国の方針によって、内閣府の規制改革推進室が中心となって
現在様々な規制の緩和が検討、実行されておりますが、
それが動物医療の分野まで来たところです。
次は、畜産分野についての検討がなされ、
国としての指針が発出されることが期待されますが、
今回の件で懸念されることは、国の見解は農林水産局長通知として出されているが、
ヒトの医療のように明確なガイドラインが示されたわけではないことです。
「初診でも可能」という文言があるが細かい規定はありません。
実際は現場の運用者の判断にゆだねられる部分も多いかと考えます。
水産分野と畜産分野は共に産業動物という、生産効率を求められる分野で、
かつ群管理を行うことが主ですが、当社の関係領域のペットの医療はそれとは違い、
どちらかというとヒトの医療に近い分野になります。
産業動物は、獣医師と生産者という特定の方同士のやりとりであることと、
生産者自身も専門知識と経験を持っているため獣医師との情報の非対称性も
比較的少なく、運用上の大きな問題が起こりにくい環境と言えます。
一方、ペットの医療は、動物病院と不特定多数の飼い主様とのやりとりになることと、
飼い主様と獣医師の間での情報の非対称性が起こりやすいため、
オンライン上でのやりとり、
特に信頼関係のまだ構築されていない状態での初診でのオンライン診療や
薬の処方等に関しては十分な安全対策が必要だと考えます。
その詳細を運用者ごと(動物病院、獣医師ごと)に任せてしまうと基準の違いが生じ、
結果として誤診や薬の過剰投与などが起こりペットの健康被害や
社会に対する不利益が生じる可能性が生じます。
このような理由から、仮に国が今後オンライン診療の利用を推進したとしても、
明確な運用基準が無い状態だと獣医師としてもリスクを減らすために
オンライン診療の活用がしづらい状況になってしまいます。
よって、安全で効果的なオンライン診療を幅広く活用していくためには、
国による明確な運用指針、つまりガイドラインが必要だと考えます。
ガイドラインには、業界全体に対する共通認識を形成することと、
一般的な運用指針を明確化、想定されるリスクを考慮しそれに対して事前に排除や
可能性を下げられるような基準や縛りを設けておくことが
大事なのではないでしょうか?
そのためにも、今できることを実践しながらエビデンスと経験を積んで、
今こそ業界全体の議論がされることが必要で、
それが安全で便利な獣医療の提供につながると考えております。
いま、実施できるオンライン相談・診療に関しては下の記事をご参考にしてください。